お釈迦様は、人生とは?本当の幸せとは?と、
悟りを求めてあらゆる苦行をしたらしいですが、
ダメだった。
どんなにきつい荒行をしたところで、なにも悟れない、
もう疲れ果てて菩提樹の下でぐったりしていたら、
スジャータという娘が、乳をくれた、
それを飲み、ただ茫然とそこに坐っていたら、
突然、生きているものが見えてきた。
カエル、木、草、虫、鳥・・・・、
何も考えずにみんな必死に生きている、
自分だけが頭で考えていた、
生き死にとは、
当たり前のこと、
日々を繰り返いしていくのが生きているということ、
そんな風に思われたそうです。
そして、どんなに荒行、苦行をしたところで、
すべて無駄である
ということだったそうです。
仏教の根本は、日常生活の過ごし方にあるのであって、
何もお経を唱えるとか、瞑想をするとか、写経をやるとか、
お題目さえ唱えていればいい、
そんなこと、お釈迦様は、まったく教えていないそうです。